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~第八部③~ コンサートは始まったけれど

Author: 倉橋
last update Last Updated: 2025-08-15 16:08:44

 マハー・カミラさんが住む赤の塔。

 ベッドの置かれた広い部屋。

 ベッドの脇のサイドテーブルに向かって座る僕。

 僕の目の前。

 コンサートが行われる玉山病院のホールが広がってる。

 マハー・カミラさんの神術しんじゅつのおかげで、立体テレビのようにコンサートの様子を間近

で見ることができるんだ。

 ホールいっぱいに、患者さんや家族、病院の関係者。

 患者さんも色々な人がいる。

 車椅子の人。移動ベッドに横たわったままの人。

 腕に点滴の管が何本もある人。

 そして長期入院している幼児や少年少女たち。

 みんながコンサートを待っててくれているんだ。

「お父さん。コンサートですよ」

 六十代くらいの女性が、移動ベッドに横たわったままの同年齢の男性に声をかけている。

 そうだ!安井さん夫婦だ。安井さんって前より元気なくなったみたい。

「なつかしい歌を聞いて、きっと元気になりますよ」

「気休めはやめよう。もう起き上ることなんてない。このままベッドの上で永遠に暮らすんだ」

「お父さん」

「ハハハ……。ハーモニカ聞きながらあの世行きかもな」

「お父さん。上杉君に恥かしくないんですか?」

「すまん。だけどな……」

 安井さんの力ない言葉。

 僕は胸が痛かった。どんなにハーモニカを吹いても、僕には病気を治すことなんかできないんだ。

「俺はもう帰るよ」

 五十代後半の車椅子の男の人。

 あれは松井さん。

「辛くなるだけだ。上杉君には悪いと思っている」

 車椅子を押す看護師さんがなだめる。

「松井さん。そんなこと言わないで」

「ハーモニカ聞いてなんかいいことあるんか? 教えてくれよ。俺はないと思う」

 僕は、あの人たちの力になれたらって思ってた。

 けれども本当に辛い人の気持ちって、やっぱり僕になんか分からないんだ。

 姉さんの気持ちが分かってあげられなかったのと同じだ。

 僕ってムダなことしてるんだろうか?

 マハー・カミラさんが言ったことが正しかったのだろうか?

 あっ! 小夜ちゃんがいる。お母さんに付き添われている。

 ニコニコ笑っている。

 浜島君と笹岡君だ。点滴しながら英検のテキスト開いてる。

 僕、目頭が熱くなってきた。

 マハー・カミラさんって、うまくやれるだろうか?

 本当に心配になってきた。

「さあ!コンサートの始まりです」

 客席より一段高いステージの上。
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